東京エスカレーター|田村美葉

エスカレーターマニア / 心配性トラベラー。世の中をもっと役に立たないことで溢れさせねばという謎の使命に燃えています。

北九州市の若戸渡船と、田川市石炭・歴史博物館

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門司港から福岡へ、そのまま電車に乗って戻るのもなんだったので(別に素直に戻ってもいいのだが)、ざいかぼう先生の旅程を参考にして、ちょっと渡りたかった若戸渡船と、ちょっと観てみたかった田川市石炭・歴史博物館に寄って行くことに。

 

zaikabou.hatenablog.com

 

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戸畑駅からちょっと歩いたところ、若戸大橋のたもとに乗り場がある。

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バス乗り場って感じで、時刻表もバスぐらいの感覚だし、自動券売機もあるので迷わず乗ることができる。

 

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お、あれが乗る船だなと思って写真を撮ってるのだが、これは乗る船じゃなかった(なんでだっけ)

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乗る船はこっちの小さい方。

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すごく天気が悪かったっぽいが、若戸大橋がばっちり見えて楽しい。

 

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あっという間に対岸へ。

 

何しろこのあと石炭・歴史博物館へ行きたいので、乗りたい電車の時間まであんまり時間はないのだが、早足で観光する。

 

若松港は、今でこそ電車の便がそれほどよくないのでひっそりとした感じだが、大正期には日本最大の石炭積出港として活躍した港。「若松港築港関連施設群」として土木遺産に登録されてることもあり、色々とみるものがあるぞ。

 

九州の近代土木遺産 九州の近代土木遺産マップ 若松港築港関連施設群 - 公益社団法人 土木学会西部支部

 

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かつて税関、海運・石炭関係の官庁や商社が建ち並んでいたという海岸通り。いい感じの遊歩道も整備されている。

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これは大正8年に建てられた旧古河鉱業若松ビル

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大正9年築、杤木商事株式会社(現杤木汽船株式会社)の杤木ビル。

 

旧ごんぞう小屋

遊歩道の途中に作られている小さな小屋は「旧ごんぞう小屋」。ごんぞうとは、石炭荷役をする仲士のこと。彼らの詰め所を 模して作られた休憩所とのことである。中にはちょっとした展示もあった。

 

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弁財天上陸場

大正6年ごろに建てられた階段式護岸。

 

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測量基準点

明治時代に使用された測量基準点で、当時測量に使用された標石をそのまま屋外展示している。ここは若松港築港事業の最初期である明治25年頃に海側に張り出して埋立拡張された土地とのこと。

 

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出入船舶見張り所跡

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昭和6年に設置され、不正入港を監視するために使われた歴史的価値のある施設とのことだが、ちょっと補修中?でよくわからん。

 

東海岸通護岸

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土木遺産のサイトによると、やたらと当時の護岸推しだったのだが、わざわざ当時の石積みを正面から見られるように遊歩道が作られていた。

 

この近くにある「わかちく資料館」の見学もしたはずなのだが、急いでたのか館内撮影禁止だったか写真がないな。わかちく資料館は、若松港の建設にずっと関わっている若築建設による資料館で、なかなかいい内容だった記憶。

 

わかちく史料館|若築建設株式会社

 

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港まで戻って船に乗り、かなり大急ぎで戸畑駅前まで戻って、無事電車に乗り、西小倉駅で乗り換えて田川伊田駅を目指す。

 

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多分電車の中から見えたかっこいい山

 

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石炭記念公園へ。三井田川鉱業所伊田坑の跡地に整備されていて、石炭・歴史博物館の他にも、国登録有形文化財に指定されている伊田竪坑櫓と伊田竪坑第一・第二煙突が当時のままに残されている。

 

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どどん

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まずは閉館時間間近の石炭・歴史博物館へ急足で。

 

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現在、公園があるのはこの辺りだなぁ。

 

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色々、ジオラマもあれば、当時実際に使われていた機械もあり、炭鉱の歴史がわかりやすくなっている。

 

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輸送手段の変遷に関わる展示が面白かった。ここから、最初は船で、次は機関車で、さっき見てきた若松港まで石炭を運んでいたのだなぁ。

 

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さて、外を見に行くぞ。

 

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第一竪坑櫓。人や石炭を運ぶためのケージを昇降させるためのもの。三菱方城炭礦、製鐵所二瀬中央坑とともに、明治日本の三大竪坑と呼ばれていたらしい。

 

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第二竪坑櫓は撤去済み。

 

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第一・第二煙突。竪坑巻上機を動かす蒸気を作り出すためのものとのこと。

 

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石炭公園からも見える香春岳は、上が平らになってる。良質な石灰石が採れるらしく、元の半分ぐらいの高さになってるとのこと。

 

帰りは、石炭公園のすぐ近くのバス停から出ている博多駅直通バスに乗った。
 

presented by 東京エスカレーター / CC BY-NC 4.0