船とエスカレーター

船に乗ったりエスカレーターに乗ったりする旅行記中心のブログです。なかの人は田村美葉です。

ニコルソン・ベイカー『中二階』―エスカレーターが好きということ


中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
ニコルソン ベイカー
白水社
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この1週間、鞄にこの本が入っていて、続きが読めることを本当に幸福に思いながら過ごした。



高架橋脚ファンクラブでも大変お世話になっている@errieさんに教えていただいた、エスカレーター小説。ぜったい好きなはずだから読むようにということで、すぐにamazonでぽちり。



ぽちりとした時点では、表紙を見て、「わははたしかにエスカレーター小説w」てなノリで、「エヴァンゲリオン破にでてくるネルフのカフェテリア(っぽいところ)のエスカレーターやべえ!ぜったい庵野監督エスカレーター好き!」ってくらいのかんじで、思ってたのだ、さいしょは。正直なところ。だって、リアル世界で、仕事関わりなく「エスカレーターが好きです」(エレベーターではなく。ここ重要。)っていうひとに、いままで5人しか会った(あるいはコメントなりメールなり頂いた)ことないのだ。高架橋脚ファンクラブの会員が112人いる、この21世紀の日本で、である。ニッチだのマニアな趣味だのなんだのみんな言うが、「ほかにやってるひとがいない」という点で言ったらエスカレーターファンは十分に誇っていいものがあるとおもう。



そんな中で、だ。

ニコルソン・ベイカー氏、そしてこの小説の語り手は、紛うことなきエスカレーターファン、だったのだ。それも、大ファン。むしろ、私より詳しいし、私より好きだ。

まずはその内容からご紹介したいのだが、内容にしても、「語り手がエスカレーターに向かって足を踏み出すところで始まり、エスカレーターを降りて中二階に立つところで終わる」(訳者あとがきより)。その間、日常の様々な事柄、ストローについてや、靴ひもについて、バンドエイドについて、などなど、目につくあらゆるものに関する細かな観察と膨大な註によって、物語は進行していく。
その、微に入り細に入りぶりに、まず恐れ入るのであるが、その註は「作者の観察っぷりがすごい、これまでこんな小説読んだことない」という点(やったもんがち、と表現するひともいたが)以上に、後半でたとえば「製氷機のあの仕切のように」といったちょっとした比喩がつかわれた一文のなかに、「製氷機のあの仕切」に関するそれ以前の部分での詳細な観察による圧倒的に豊かな情景がぶわっと広がって、読めば読むほど、「小説」としてもかなり優れた世界観を構築しているとおもう。

エスカレーターに特別思い入れのない方にも俄然オススメな1冊であり、いままで全く知らなかったのでオススメしてくださったerrieさんに感謝。


そして、ここからはものすごく個人的な話なのだが、私が驚嘆し、感動してしまった点、それが、ベイカー氏、そしてこの物語の語り手のエスカレーター偏愛眼のすさまじさ。この本には、そのほかのものへの偏愛もやたらと語られるのだが、エスカレーターについては格別。その形の独自性(『二つの積分記号∫』)、ステップと手すりの速さがずれること、エスカレーターに立ち止まって乗るか歩くかは結局のところエスカレーターを愛していればどっちでもよくなること、「エスカレーターの手すりを掃除する」という行為の合理性と美しさについて、などなど、共感で小説の良さを語ることはしたくないがこればっかりは仕方がない。よくぞ、書いてくれた。という気持ちでいっぱい。

抜き出しているときりがないのでひとつだけ、引用する。
この箇所が、特別すごかったのは、私自身、「なんでエスカレーター好きなんだっけ...」ということはよく覚えていないし、なんでだかよくわからない、ジェットコースターとかが好きだったんだっけ? なんて思っていたのだが、ここを読んだ時、はっきり思い出したのだ。私がエスカレーターが好きな理由を。こんなひとが世界にもうひとり存在して、そして小説を書いていて、それを私が読んでいるって、なんかものすごいことなんじゃないか。どうしようか。

「たしかに、私がエスカレーターに乗るときに感じる喜びの何割かは、それがいまだに呼び覚ます子供時代の思い出と密接につながっているのは事実だ。たいていの人は、子どもの頃ボートや電車や飛行機が好きだったと思うが――そしてもちろん、私もそれらは好きだったが――私はもっと小規模な輸送システムのほうに興味があった。たとえば空港の手荷物運搬システム(中略)ビー玉がジグザグの滑り台を転がっていく玩具。オリンピックのリュージュボブスレーの走路。クリーニング店の回転式ハンガーラック(中略)。――エスカレーターには、これらと通じあう魅力があったが、ただ一つ違っていたのは、エスカレーターだけは、実際に乗ることができるという点だった。」

ただ、語り手はそのあとこう語る。

「そこで私は決心した――これからは、自分のであった驚きや喜びを語るのに、あの遠くを見るような目は二度とすまい、それが子供の頃に発見した驚きや喜びであろうとなかろうと、そんなことは関係ないのだ、と。」

わたしもまさしくそう思う。私は私の小さい頃の思い出によろうとよるまいと、エスカレーターが好きで、それは常に新しい発見を私にもたらすもので、だからこそ愛しているのだ。

うん。