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こんなふうに誠実に「女」と「エロ」に向き合うことを私はしてこなかったな。『女子をこじらせて』

 

女子をこじらせて

こじらせ読書ももう4冊目であるが、私は「女」をこじらせてはいないことは、読む前からわかっていた。もちろん、モテないし、「クラスで一番太っている」とか、「同級生がどんどん結婚して子どもを生んでいる」などは、虚栄心の塊であり両親の期待を内面化している私にとっては大変に由々しき事態でありそれなりに鬱屈した想いもあるのだが、基本的に私は自分が大好きすぎていろいろうまくいかないタイプだし(最悪ですね)「たぶんあと10kg(いやもっとか)ぐらい痩せてたらモテるはずなんだよね〜」とか言いながら寝っ転がって漫画読んでるだけのなんも行動しないよくいる非モテをここでは断じてこじらせとは呼ばない(関係ないけど学歴コンプレックスをこじらせて東大卒を恨んでるひとは、なんも勉強しなかったけど有名大卒ですと自慢するタイプのひとをこそ恨んでください。愛の対義語が憎しみではなく無関心であるように、こじらせの対義語は無頓着である)。

 
しかし想像以上だ。
幼少期から自然にエロに目覚め、成長するにつれて自分が女としての魅力がないことに絶望したという雨宮さんは、「男から性的に評価されたい」気持ちを満たすためのあらゆる行動にうってでる。バニーガールのアルバイトをし、テレクラに電話をかけ、エロ雑誌の素人投稿ページをせっせと編集する職につき、AVライターとして大成、果てにはAV監督とつきあって地獄を見る、というところまで。そこまで誠実に「女」と向き合ってもがいているからこそ、安直に「女だから」と決めつけられることに腹立たしさを感じる。非モテあるあるだと思って読んだら大火傷するほど、めちゃくちゃにオリジナリティに溢れた真摯で赤裸々な体験談である。それは訃報を知ってしまった今でもところどころつい声をあげて笑ってしまうほどのユーモアに満ちていて、自己憐憫も恨みつらみも一切ない。そんなところに、雨宮さんのひたむきな誠実さを感じるのであった。
女子をこじらせて

女子をこじらせて