TOKYO ESCALATOR BLOG

エスカレーター専門サイト「東京エスカレーター」の旅行記です。なかの人は田村美葉です。

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別冊 東京エスカレーター 07

 

『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』感想と私のうっとうしい高校時代

間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに (コア新書)

タイトルの通りであり、本を読んだ感想にかこつけた読む価値のさほどない自分語りだが、こじらせ読書の2冊目である。

『勉強できる子卑屈化社会』読んだときと全く同じであるが、私は「サブカル」ではなかったんだ!ということがわかってとてもスッキリとしたのでそのまとめです。

私は「サブカル」をほとんどまったく知らなかった

この本は暫定的にサブカルの定義を「町山智浩さんが紹介してきたもののうち、岡田斗司夫さんが紹介しなかったもの」としておくのだけど、その後は体系立てて「これがサブカルだ!」と押し付けるというより、サブカル界隈の個別の事象についてロマン優光さんが意見を述べる、という構成になっているので、憚りながら町山智浩さんも岡田斗司夫さんも「おもしろいおじさん」としてしか知らない私には結局「サブカルってなんだ?」というのはわからない、という結果になった。「サブカル」という言葉も「おたく」という言葉も蔑称だった時代にそれらを押し付けられて複雑な気持ちになったというロマンさんの経験からくる「サブカルの歴史」が丁寧に書かれていてとてもおもしろいのだが、それらの時代も、ロマン優光さんが「サブカル」と定義するものも、私はほとんどまったく知らない。ロマンさん自身が書いているようにこれが絶対の定義というわけではないのだけど、自分はサブカルだと思っていた人間からすると結構な衝撃である。

私が「サブカルだ」と思っているいくつかのものは、サブカルではないのではないか、という指摘も新鮮だった。いわく、みうらじゅんはサブカルではない(万人受けするポップな表現をしているひとはサブカルではない)。久保ミツロウはサブカルではない(「マイナーなミーハー」はサブカルではない)。

イヤな奴は単なるイヤな奴

ここで、ロマンさんが「マイナーなミーハー」を「サブカル」と区別していることに個人的にはとてもスッキリとして、なにかというと、もろに高校時代の私がそれにあてはまるからだ。前述の『勉強できる子〜』にもちらっと出てきて「あるある」と膝を打ったのだが、勉強できる子はテレビを中心とする「大衆向けメディア」から”おまえらはお茶の間の対象外”と宣告を受けているために、「大衆向けメディアが扱わないもの」へと興味関心を向けがちである。私の場合それはラジオ番組の『ミュージックスクエア』(中村貴子さんがパーソナリティーだった時代。懐かしいなぁ)で、ラジオで流れている「めっちゃいい曲」がオリコンチャートに入ってこない、クラスの誰も話題にしないことについてなぜか闘志を燃やしており「打倒オリコン、打倒エイベックス(なんでエイベックス)」とわけのわからない闘い方をしている3年間であった(うっとうしい)。さらにうっとうしいことには、そういった「マイナーなミーハー」ファンにとっては、応援しているインディーズバンドがメジャーデビューすることは恐怖であり、Mステに出た翌日にクラスで話題になったりすると「にわかファンめ」と必要以上に恨みを募らせるものなのである。しかし、結局自分もマイナーなだけのただのミーハーなので、そこでニワカの奴らになにか言ってやれるだけのリテラシーもなにも持ち合わせていないのだ。だからこそ苦しいのであるが、私はそれを「サブカルのジレンマ」として間違って考えていた節があり、「サブカルを好きになった奴はそういうイヤな感じのことをしがちである」という自嘲的なレッテルを自分自身に対して貼っていたのだが、ロマンさんは「サブカルだからイヤな奴なのではなくて、イヤな奴は単なるイヤな奴なのである」ということを、くり返し述べている。この「単なるイヤな奴」という言葉にも、私はとてもスッキリとした。私は単に強すぎる自己顕示欲と権力志向にからめとられたうっとうしい奴だったのである。たとえ何を好きになったとしてもそういう傾向は変わらなかったであろう。かわいそう。

町山智浩さんという人について

ここで町山智浩さんについてなのだが、この本の中では「いつまでも夢見る少年のままでいたがるサブカルおじさん」として町山さんを批判することにかなりのページ数が割かれているのだが、本の出た時期から考えるに、そこで菊地成孔さんとの間で繰り広げられた映画『セッション』をめぐる論争について一言も触れられていないのはなにか意図的なものがあるのかしら、と感じた。それがどのようなものだったかは各々調べていただくとして、菊地さんが町山さんを評して書いた「保安官」という言い方は、この本にとっては重要な指摘ではないのかなと思うからだ*1。菊地さんは「菊地はジャズを愛し、町山は映画を愛している」というわかりやすい形に持っていこうとした町山さんに抗議し、好きなものを守るためなら相手の言論を封じていいと考えるのは権力志向であると指摘した。

この本は(当初私が考えていたように)権威主義的な立場で「正しいサブカルとはこれだ!」と諭すものではない。「サブカル」が歴史の中でどういう使われ方をしてきたか、を確認し、そのぶれっぶれな定義を嘲笑し、「安易なレッテル貼りはダメ絶対」という本である。ロマンさんも何度も書いているように、サブカルでは、リテラシーや対象への情熱の多寡がステータスとなりがちではあるのだが、どのようにであれ自分を「高み」において相手をやりこめるやり方は、言うまでもなくファックなものである。ロマンさんの名文を引用しておこうと思う。

一個人としての私が、一個人としての相手を憎まないといけないのです。高みからではなく、同じ地平でドロの投げ合いをすべきだと思うのです。

あの頃書いた「正直な文章」について

うっとうしくて単にイヤな奴だった高校時代、私は猛烈に文章を書いていた。それらは主に校内の文集などに堂々と残っていてそれを思い出すと絶望的な気持ちになるのであるが、そのうちのひとつが当時のロッキング・オン・ジャパン誌に載っている。人生で生まれて初めてもらった原稿料が(株)ロッキング・オン、というのはそのときのことである。そのような恥ずかしくて死にたくなるような過去をなぜ今さら暴露しているかというと、最近勇気を出してそれを読んでみたら、私の記憶にあるような「私の考える本当に素晴らしい音楽オールタイムベストを今ここでお前らに教えてやろう」というような絶望的なものではなく、誰かの言葉を借りただけのマウンティングでもなく、もっとかなり正直な気持ちを吐露したものであったからだ。というのも、すでに東大に向けて受験勉強を開始していた当時の私は、自分が他の子よりいくぶん恵まれた環境で生まれ育っていて、かつ先生に敷かれたレールの上をそれほどの抵抗もなく進んでいることを自覚していた。当時の私たちにとって「生き延びるためのツール」としての音楽は、バンプ・オブ・チキンであり、椎名林檎だったりしたのであるけれど、そのように順調に権威主義的な社会を突き進んでいる私が、そのカウンターとして渾身の想いが込められた音楽を、好きだという資格が果たしてあるのか?というようなことを書いていた。なんという七面倒臭い文章。しかし、非常に面倒くさくて非常にリアルな、すごくイヤな奴としての17歳の気持ちがそこにはあったので、当時を思い出して少し涙が出た。

 

このあと高校を卒業していよいよ大都会、トーキョーへやってきた私は、そこでいろいろとこじらせを深めた挙句、権威主義の総本山ともいえるような(?)東京大学文学部思想文化学科美学藝術学専修課程(長い)へと進んでしまうのであるが、その話はまた別の本を読んだあとに。

 

 

※ 2017/3/26 大幅に追記、修正 

*1:それまでの私の町山さんに対する印象というのは(女のマニアックな趣味は男の影響、などの発言をもとに)いつまでも中二病を患っているような「SNSでついやんちゃしてしまうおじさん」というロマンさんのほうに近いもので、「保安官」というのは真逆のイメージだった。しかし完全に余談ではあるが最近のやまもといちろうさんがらみの諸々を見て、「保安官としか言いようがないな……」と感じるに至っている。