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大泉洋が好きすぎてつらい『駆込み女と駆け出し男』

映画・アニメ・ドラマ 虚構日記

駆込み女と駆出し男

真田丸』をきっかけに(遅い)大泉洋が好きすぎてつらい私は、洋ちゃんの出てる作品を水曜どうでしょう全話一気見に始まり、ありとあらゆるものまで見ている最中なのだが、この作品は「大泉洋」を堪能するための作品として現時点でトップレベルであった。大泉洋でなければできない顔や存在のおもしろさを拾いながらも扱いは完全に主役、最後にはとってもおいしいエンディングが待っている。良いことづくめである。たぶん大泉洋が恋しくなったときには何度でも観るであろう。

ちなみに脱線から始まるが、その他の「大泉洋」堪能の作品としては、あくまでどうでしょう以外と前置きをして次の二作を私はあげる。ものすごく邪道であることは承知の上、作品自体の評価を脇に置いている。

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 話としては「世界の中心で愛を叫ぶ」と違うところは一切ないのであるが、なんだろうこの清々しさは。そして青春映画なのに中年の大泉洋が主役であることが最後にわかる。大泉洋なのにめちゃくちゃせつないという稀有な作品である。

 

清須会議

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 大泉洋のキャラクターの9割を占めるモジャ毛を完全に隠し(モジャ毛のせいでサイズがあってない)ツルっとしたカツラ着用な上に耳がでかくてちょびひげ、という気持ちの悪い秀吉役の写真を見て「大丈夫か・・・?」と思ったのだが(女性陣も全員気持ち悪い)、なかなかどうして、かっこいい大泉洋が見たかったらこれである。コミカルな役どころはすべて役所広司に譲り、陰湿で狡猾な秀吉役に徹している。こんな演技もできるのかとのけぞった。

 

そして本作である。例によってなんの前知識もなく「洋ちゃん目当て」で見たため、エンドロールで原作に井上ひさしの名を見て「ああ!」と思った。もっとシリアスな話を想像していたのだが、基本的に残虐さはなく、義理と人情と笑いにあふれたエピソードが数話分盛り込まれたほんわか時代劇である。ほんわか、なのは、サザエさん的にひとつひとつのエピソードが「ちゃん、ちゃん」と終わっていくからで、「このお話どうなるんだろう?」というワクワクからの「ちゃん、ちゃん」までのの流れがけっこう短く、かつ、終わってみればじつに妥当でモヤモヤしない深読み不要の「普通」な話(ようするに、「ちゃん、ちゃん」としか言いようがない)が連続している。

と書くと悪口みたいだが、これが2時間20分もある大作ながら「何度も観たい」と思わせるとても痛快な映画に仕上がってるのは、画面の華やかさ、そしてひとつひとつ吟味されてる江戸弁と出雲弁(ありがとうが「だんだん」な時点で反則である)セリフの、語呂とテンポの良さがあるからだ。もう映画始まったらその時点で「わぁ、楽しい」と思ってしまう、「日本人が好きな江戸」感がつまってるのである。

何に似てるかというと、「歌舞伎」に似ている。エピソードのひとつひとつは「義理と人情、以上」であるのだが、華やかな衣装のひとつひとつやセリフまわしに興奮する。

そして、なんといっても大泉洋である。これがまた、コミカルで憎めない役なのだが、吉原から悪人が押し寄せてきたときに見せるすっとぼけたようなセリフまわしの巧みさ、腕っぷしではなく生来の才である「口のうまさ」で乗り切るところなど、大泉洋本人のキャラクターともどんぴしゃでファン冥利に尽きる。これもまた、歌舞伎役者で誰に似ているかといったら、故・中村勘三郎である。言い過ぎといわれても、そうなんである。「大泉洋」が世襲制ではないことが残念でならん。