読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私はゴジラとともに生きている 『シン・ゴジラ』(ネタバレあり)

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

 

いい映画を観て、観るべきだとか、観てほしいとかオススメする趣味は私はないのだが、何度も観たくなる映画だ。

以下ネタバレ多め。
 

 


エヴァファン全対応

昭和29年のゴジラを私は観たことがないが、エヴァンゲリオンファンへ向けたアピールがすごくてそれどころじゃなかった。作戦開始時のBGMが同じだし、ミサトさんぽいキャラも、アスカっぽいキャラも、綾波っぽいキャラさえいる。愛と勇気ではなく、知恵と物理で勝つ、ていうテーマも、イデオロギーとか右とか左とかより、エヴァだろ、ていう。それが好きかどうかはもうエヴァが好きかどうかでしかないだろう。私はというと、無駄に映り込む多摩モノレール車両基地や、ゴジラに突っ込んでいくN700系、大活躍するコンクリートポンプ車などの庵野節にガッツポーズするしかないのであって、エヴァが未見であれどうであれ、これに興奮する奴はまず間違いなくいるわけだ、そこら中に。ゴジラ第一形態のキモさも、第四形態の必殺技のエグさも、これは新しい使徒襲来の恐怖だ。滾らないわけない。
 

悪役もない、ヒーローもいない、勝ちも負けもしない、現実というバランス

私が衝撃的だったのは、官公庁で巨大不明生物対策チームが徹夜の対策をしてる外で起こるデモのガヤが、「ゴジラを護れ」と私には聞こえたのだが、「ゴジラを殺せ」も両方録っていた、という証言。
そういう目でこの映画を見ると、あらゆるバランスがとれている。自衛隊の戦闘機が河原に大集結するのと同時に、会議室にはコピー機が大集結し、世界中のスパコンが一斉に動き出す。
アメリカは遠い島国のことなどどうでもいいのだ、という憶測と、彼らはニューヨークでも同じ判断をしますよ、という希望、東京の経済をどうやって復活させるんだ、という絶望と、スクラップビルドでこの国はやってきたんですよ、という希望。優柔不断っぽい総理が会見では自分の言葉で断言をしたり、無能っぽい臨時総理が頑張ったり、悪役はいなくて、ヒーローもいなくて、誰も勝たなくて、ひたすら現実に現実的に対処している。
 

ゴジラを抱えたまま生きる東京

先の震災のフラッシュバックであり、もし、東北ではなく、首都のど真ん中に津波が来て、原発メルトダウンしたら、というシミュレーションでもあり、ゴジラをど真ん中に抱えたまま生きる東京、という非常に象徴的なシーンでこの映画が終わるのはただ見事だと思った。
ゴジラ大田区から上陸する。そして蒲田、品川などの沿岸部を北上して、丸ノ内へと向かう。水辺を愛する者として、日本の都市の沿岸部というのはいつも、そういう歴史に晒される場所なんだなという深い悲しみがあった。そこでスカイツリーをぶっ壊すのではなく、三菱地所の持つ巨大な地権をぶっ壊すのは、なんか爽快感あったけど。
都民が一斉に疎開するため、地方へ向かうバスが高速道路で大渋滞を起こすシーンがある。フラッシュバックとシミュレーションを同時に起こして涙が出た。地方出身者の作る都市。帰省ラッシュという行事。
いま現在、福島の原子力発電所を抱えて生きてる東京都民の、なんか心をえぐる、大事なことを記憶する、未来を描く、そういう意味のある映画なんだなと思った。
 
平日夜の渋谷の映画館で、割引のある日でもないのに満席の中これを見て、いかにもエヴァ的なところでは笑いが起き、見慣れた東京の街がうつると固唾を飲み、その気分を共有できたことが嬉しい。