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呪いを解く少女 『魔法少女まどかマギカ』

浅田真央選手のソチオリンピックの演技内容があまりにも劇的だったので、そこにいろいろな物語を投影するひとは多かったと思う。アスリートとしての生き様だとか、キム・ヨナ選手とのライバル関係についてだとか、そんな、ひとりひとりが心の中に「こうあったらいい」と願った物語のいろいろ。そのほとんどが現実になったであろう瞬間だった。

 

私の投影した物語は、呪いを解く少女の話だ。

いわば、これは「デマ」であるし、はた迷惑な作り話にすぎないので、そういったものがお嫌いな方は無視していただいてかまわない。 

 

リアルタイムで見ていた私は号泣した。本当にびっくりしたし、それまで勝手な憶測や決めつけをしていた自分を恥じたし、これから、人生で困難に立ち向かった日には、このときの浅田選手の演技を思い出すだろう、と思った。

 

女の子の物語の典型のひとつに「呪いにかかったお姫様」というものがある。ものすごく簡単に言うと、要するに白雪姫。王子様のキスで目覚めるやつ。

 

女の子はある年齢で呪いにかかる。

できたはずのことができなくなる。何をやってもつまらなくなる。自分らしい自分が見いだせなくなる。

呪いをかけるのは、自分や、他の誰かのとるにたりない一言だったりする。言葉は呪文だ。その呪文の大きさは、世界中のあらゆる場所のあらゆる人々から声が届く、オリンピック選手なら、いかほどだろうか?

今度は韓国に勝ってほしい。審査員が金で買収されている。トリノオリンピックに出られていたらよかったのに。あれがピークだった。演技力が足りない。トリプルアクセルにこだわるのがいけない。あの子は大事なところでいつも失敗する。

フィギュアスケートの選手たちを巡る呪いは、ぜんぜん当事者じゃない私が見ていても、うるさくて堪えられないくらいだった。かく言う私も、完全な失敗に終わってしまい日本全体が失意に暮れたショートスタイルの演技の後、口に出さないまでも非常に身勝手な憶測をたくさんしていた。

 

その声にならない声までも含めて、一身に受け止めてきた、まだ若い、ひとりの女の子がいて。

 

フリースタイルの演技前、集中する浅田選手に、ロシアにもたくさんやってきていた日本人の観客のうち、男性のひとりから「真央ちゃんがんばってー!」と声が飛んだのが、中継でも聞こえた。私は、「うるせえ!!!!」と絶叫した。心底、怒りがわいてきた。呪いをかけた数億の人々に。その呪いにまんまとひっかかってしまった自分自身に。毒リンゴなど食べるべきではなかったし、あんな兎もどきと契約するべきではなかったのだ。私が、あなたのためにがんばる理由など、どこにもひとつもない。

 

そして4分間の演技が始まって。

あの演技は、私にとって、世界中の女の子たちにかけられた呪いをたったひとりで解いてまわった、まどかだった。浅田選手は、演技直後、素晴らしい得点をみて「上位に食い込んできました!」と、メダルへの期待を捨てない浅はかな日本の報道陣を一蹴し、結果を待つことなく、「メダルを持ち帰ることはできませんでしたが、最高の演技をできたと思います」と静かに語った。最高の演技をしてもメダルは無理とわかっていた、ということはつまり、演技の前から、子どもの頃からの夢だった、オリンピックの金メダルはもう手に届かないとわかっていたのだ。そんな失望のどん底にありながら、絶対にダメだとわかっていながら、彼女は、自分の全力を出し切ることをやめなかったのだ。あのときのまどかのように。そして、その最高の演技によって、すべての女の子の呪いは解かれたのである。事実、浅田選手のあと、最終グループの選手たちは、皆ふっきれたようにすばらしい演技を披露した。

その結果として、実際に、浅田選手がメダルを手にすることはなかった。

 

王子様のキスに頼ることなく、呪いは解かれる。

自分自身の力を最大限に出し切ったとき、はじめて。

 

と、いう、そんな物語。

そんな物語を私に与えてくれた浅田選手に、感謝と尊敬の念を私は一生忘れないだろう。

(2014年2月に書いた記事の再録です)