すべての退屈したミュージシャンへ。『はじまりのうた』

上京と成功と挫折

これは「上京するミュージシャン」の話だが、「上京して成功する/そして破滅するミュージシャン」の話では全くないところがとてもいい。

 

個人的な話をすると、「上京するミュージシャン」の話は、私にとって鬼門である。自分自身もミュージシャンだが恋人がまず大成功する、プロットだけ見れば本作とまったく同じである『NANA』は、漫画でも映画でも、その複雑な愛憎抜きには見ることができず、とても作品自体を楽しめる状態ではなかった。

 
キーラ・ナイトレイ演じる主人公のグレタは、映画の冒頭、あらかじめどん底にある状態で、同じく超どん底にある中年の音楽プロデューサー、ダンと出会う。
グレタの歌う歌の内容は、めっぽう容赦ない。初めてダンが聴いた歌なんて地下鉄で自殺しようとする歌だ。サントラだけ先に聴いていた私ははじめて字幕で歌詞を知って度肝を抜かれた。キーラ・ナイトレイに何歌わせてるんだこの映画。私はそれだけで、キーラ・ナイトレイも、この映画も、大好きになってしまった。
 
キーラもといグレタ、そしてダンがそんなになってしまった理由は徐々に明かされる。恋人とともに夢をかなえてニューヨークにやってきた頃のまぶしいほどキラキラしたグレタ、億万長者のラッパーに「恩人だ」といわれるダン。しかしそれぞれの、「そこまでのぼりつめる道のり」は描かれない。
 
原題は『BEGIN AGAIN』、あらかじめ落ちたところから、再び始まる物語なのだ。
 

ニューヨークの4つの家

映画には4つの家が出てくる。
グレタの恋人、デイヴがレコード会社から与えられる豪華マンションと、友達のスティーブの住んでいる狭小ワンルーム
ダンが都会に借りた一人暮らしの部屋と、ダンの娘と妻が住む郊外の一軒家。
 
グレタはデイヴの浮気をきっかけに豪華マンションを出てスティーブの部屋へ。
ダンはある事件を機に家を出て一人暮らしの部屋へ。
 
それは綺麗な対比になって、2人のシンクロ性を強調する。
 

退屈したミュージシャンたちと、レコーディングされるニューヨーク

グレタとダンは退屈したミュージシャンたちを集めて、ニューヨークの路上でフィールドレコーディングを開始する。裏路地。地下鉄のホーム。マンションの屋上。
『セックスアンドザシティ』で描かれたのとは違う、普段着の、どこの街でもあるありきたりな風景のニューヨークの中で、淡々とレコーディングは進む。
 
「上京するミュージシャン」のほとんど全て、ほんの一握りの成功以外、全てが挫折だ。
成功のあとに訪れる破滅にはドラマがあるけど、大抵の場合そんなロマンチックのかけらもない。
きらびやかな都会も、慣れてしまえば普段着の風景が広がっていて、そしてそこには「ただ退屈しているミュージシャンたち」がひしめいている。都会とは成功者のものではなくて退屈した全ての挫折者のもの、なのかもしれない。